「哈日」から「哈台」、「台日融合」の時代へ

2018年11月22日

日本人はいつからこんなに台湾が好きになったのだろうか。

東京タワーで行われた「東京タワー台湾祭り」に出かけた。7月のことだ。東京タワーの前の広場でやっていたので、会場の広さが限られていたこともあり、大勢の人々でごった返していた。日本のシンボルでもある鉄塔の真下というロケーションもよく、行列は3時間や4時間まち。まるで、東京・幕張のディズニーランドのようだった。

割包、花枝丸湯、香腸、珍珠奶茶、坦仔麺、肉燥飯、鹹酥雞、台灣麺線、焼小籠包、阿珠雪在燒、水餃子、鶏排、麻油雞、滷肉飯、地瓜球、担仔乾麺、手工粽などなど、ありとあらゆる台湾の「食」を詰め込んだイベントだった。

イベントスペースがあり、ステージでは二胡の演奏や、日台ハーフの作家の一青妙さんの講演なども行われた。主催したのは台湾人の若手ビジネスマン。

今年の台湾イベントの皮切りとなった「東京タワー台湾祭り」のあとにも、7月上旬には「日本台湾祭り」、6月下旬には「台湾フェエスティバルTOKYO2017」、7月末には「台湾フェスタ2017」。9月末には仙台でも「リトル台湾in仙台2017」が予定されている。

主催団体も、内容も、それぞれちょっとずつ違っているが、共通するのは、台湾をテーマにしたイベントは、どれも行列ができる大成功になっている。

重ねて思う。いつから日本人はこんなに台湾好きになったのだろうかと。

本来、台湾好きは、日本の中高年齢層が中心だった。彼らは台湾の歴史に興味があり、台湾の日本語世代の日本語のうまさに感動し、台湾に対して「癒し」を求める人々であり、現在の台湾にはそれほど強い関心は持っていなかった。

しかし、現在の「台湾潮」はいささか様相が違う。2011年の東日本大震災による台湾の日本への200億円の義捐金が日本人の感動を呼んだ。台湾への関心が高まり、台湾旅行がブームになる。現在、台湾を訪れる日本人は年間200万人。うち観光目的は130万人に達する。10年前は年間100万人だった。台湾から日本に行く人が非常に多いので、台湾では「観光逆差」についての誤った議論がある。日本を訪れる台湾人が度を超えて多いだけで、日本人の台湾観光は急成長している。台湾の数十倍巨大な中国大陸への日本人観光は、台湾への半分にも満たない年間50万人である。

そのなかでは日本人にとって台湾の魅力は、以前のような「過去の台湾」ではなく、「現在の台湾」が、彼らの目にはクールに映っているのである。

特に台湾訪問の中心になっているのは20-40歳ぐらいの女性たちだ。最初は、台湾の美食と癒しに魅せられていたが、最近、その台湾消費の「欲望」はさらに多元化し、特に、台湾の「文創」と呼ばれる小物や生活用品に向かっている。

Origin from:LIP

 台湾の商品を日本に招き入れてデパートなどで展示し、そこに日本人が台湾からインスピレーションを受けて作り出したブランドをあわせて広げているLIPというグループがある。彼らは「台日系カルチャー」という概念を掲げて、日本と台湾のカルチャーを結びつけることを目出す。

「LIP」の代表者である田中佑典さん(31)は、台湾のカルチャーに注目する理由をこう説明する。

「台湾の商品は、デザインに「体温」を感じます。日本で「引き算」のデザインに疲れて台湾に行くと、日本のデザインに着想をえて、そこに台湾テイストを加えて別のものに作り変えている台湾デザインに出会って、ほっとするのです。私たちはそれを「台日系文化」と呼びます」

田中さんの口からは、日本人が注目する台湾ブランドが次から次へと飛び出す。in Bloom 印花楽、只是 ZHISHI、Art LOOPY、鹿皮、角斯角斯 TZULAï、+10 加拾・・・・。私は正直、聞き覚えのある名前は一つか二つぐらいしかない。でも、日本の若者たちは違うのである。

日本と台湾はとても複雑な歴史を歩んできた。台湾が日本の一部だった時代。戦勝国の中華民国と敗戦国の日本だった時代。そして、台湾では、「哈日」という言葉に象徴されるように、90年代以来、アニメやドラマ、消費方法が大量に流入し、人々の生活レベルのなかで「日本化」が進んだ。そして、いまの「後311」の日本人の「哈台」では、日本の影響のもとで育った、クールだけれど「体温」のある台湾文化が日本に逆流入し、「哈日」と「哈台」が融合する時代が到来している。

そんな時代の空気を伝えるため、このほどリニューアルした「新活水」ウエブサイトでは、日本の「台湾潮」の最前線をお伝えする。

Via FOUNTAIN 新活水 https://www.fountain.org.tw/r/post/japan-taiwan-bonding